明治・大正・昭和を生きた日本人絵付師の生涯

美術、陶器、戦争、NY渡米、渡欧。明治・大正・昭和を生きた夫の曽祖父の自叙伝。大変興味深い内容でしたのでブログにしました。

第八章 渡米(横浜出帆からニューヨーク迄) (1)

 明治四十五年六月十六日午後三時横浜港を出帆した東洋汽船会社の天洋丸は

     一等船客        百七十三人

     二等船客         五十八人

     三等船客       四百三十九人

 私は二等船客の一人であった。

出発の合図の銅鑼がなった。見送る人はハンカチを顔にあて或はテープを手に持ち、それが切れて初めて帽子や腕を振り無事の航海を祈り名残を惜しんだ。

学校を出て以来一度は外国の地を踏んで見たいという希望が叶い今其の船上に居るのだ。

家族や友人に送られて遠い外国へ旅立つのだと思うと瞼は知らぬ内に熱くなってくる。

横浜からハワイのホノルル迄は三千三百八十八哩あり十日間かかる。

    十七日    二百七十一哩

    十八日    三百八十二哩

    十九日    三百八十八哩 この様に船は順調に走っている。

東経百八十度(日付変更線)を超えると同じ日が二度あって何だか変な気がする。

丁度六月二十一日が二日あった。時計は横浜出帆以来毎日三十分づつ進ませてゆく。始めの内は自分の時計が狂ったのかと思っていた。

もう、そろそろハワイに近くなった筈だ。海、空以外何も見えない日が続く、時々鯨が遠くで潮をふいて居る。六尺(二米)位の海豚(いるか)の群が船と一緒について来る。

船中では種々の催し物があった。食事を済ますとサロンへ行ってトランプや碁、将棋で一日を過ごしたり又デッキではデッキゴルフとか輪投げとか色々の遊び道具があって退屈という事はないが言うに言われぬ寂しさがあり、その時は家へ手紙でも書いて気を紛らわすしかない。

波に明け波に暮れる変化の無い同じ様な日を幾日か繰り返し漸くホノルルの港へ着いたのは、六月二十四日午前九時頃であった。船が着くと船の周りへ皮膚が赤銅色のハワイの若者が泳いで来てワイワイ騒いでいる。客の一人がコインを一、二枚投げると池の鯉が争って麩を食べる様に若者達は競って潜りコインを拾ってくる。皆は面白がってコインを投げていた。

 ◯ホノルルへ上陸                   日誌 校擲録より

 ホノルルへ上陸したのは午後四時頃であった。馬車や自動車に乗れと勧めるのを振り切って我々は市街電車で水族館へ行く事にした。こゝで初めて見るオープンカー(両側には側板がなく開放されており腰掛けの有る所に自由に乗り降りが出来る)に乗った。傍らの婦人に水族館へ行く道を尋ねた。途中ハワイが未だ独立していた頃の王宮があったという辺りを通ったが今は僅かに金色の像がその名残を止どめている許りで王宮は見る影もない。その左側にある市庁舎を見て対象があまり違うので哀れを感じた。熱帯植物は今を盛りと濃い朱色、黄色、紫色の花を咲かせている。椰子の木は見上げる様に繁って如何にも暑そうである。松は五葉の松の様で葉は針金の様に細く長い。枝は垂れて柳の様だ。パイナップルの畑やバナナの畑等は初めて見るのでどれも珍らしい。バナナは先年害虫が発生し為政府の命令で全部伐採された後なので木は未だ小さい。果物の名産地として知られている此処のバナナやパイナップルは実に美味しく日本では到底、口にする事は出来ない。

朝、道端では女の人が独特の服装で綺麗な花を籠に入れ又は糸に通して輪にして首にかけて売っていたりする。絵の様に美しい光景だ。これを買って首に懸け朝の礼拝に行くのだという。この街でなくては見られない光景である。

日本人は至る所に住んでいて日本内地と変わらない様な感じがした。

浴衣で下駄履きの人、赤ん坊をおぶっている女の人、又皆洋服を着ている、といっても紳士の服装とは言えない。

水族館の規模は大きくはないが、世界中の奇魚、珍魚が集められているので有名である。

入口で其れ等の絵葉書を売っている。石版刷りで実物を見るようだ。  以下略

船は七月一日午前十一時、無事サンフランシスコに入港した。待ちに待ったゴールデンゲイトの港は此処だ。アメリカ本土の土を踏む最初の日だ。私はこれから愈々アメリカ生活に入るのだ。厳重な税関吏の検査も終りM君の案内で直ちにパレスホテルに落ち着いた。

 翌日は自動車で金門公園や市中を見物し夕食は小川旅館で日本料理に舌鼓を打ってから其の夜もパレスホテル(八階)で寝た。

この港は西海岸カリフォルニヤ一番の大都市で山の上へ上へと家が建っている斜面の街である。

 

 

 

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